認知症の親が「家に帰りたい」と繰り返すとき|理由と寄り添い方

夕方になると落ち着かない様子で「そろそろ失礼しないと」と言い出す、長年暮らしている自宅にいるのに「うちに帰らせて」と訴える――。認知症のある親からこうした言葉を何度も聞き、どう返せばいいのか戸惑っているご家族は少なくありません。

このような訴えは「帰宅願望」とも呼ばれ、自宅で過ごしている人にも、老人ホームなどの施設で暮らしている人にもみられます。言葉だけを受け取ると困ってしまいますが、その奥には不安や心細さ、安心できる場所を求める気持ちが隠れていることが多いといわれています。

この記事では、認知症の人が「帰りたい」と口にする背景と、家族ができる受け止め方や声のかけ方、日々の暮らしの工夫について整理します。

「帰りたい」の裏にある気持ち

帰宅願望が生まれる理由は一人ひとり異なりますが、よく挙げられるのは次のような背景です。

今いる場所や時間がつかみにくい

認知症によって記憶や、時間・場所を認識する力に変化が起こると、目の前の場所が自分の家だと感じにくくなることがあります。見慣れない場所にいるような感覚から、「落ち着ける自分の家に戻りたい」という思いが強まると考えられています。

かつての役割や用事を思い出している

「子どもが学校から帰ってくるから、ご飯の支度をしなくては」「会社の仕事が終わったから家に戻らないと」といったように、以前の暮らしで担っていた役割が心に浮かんでいる場合もあります。本人にとっては、今まさに果たすべき大事な用事があるのかもしれません。

心細さや寂しさを抱えている

周りの人やその場の雰囲気になじめず、孤独や不安を感じていることもあります。「帰りたい」という言葉は、安心させてくれる場所や人を探しているサインとも受け取れます。

いずれの場合も、わがままや困った行動として片付けるのではなく、「何が気がかりなのだろう」と本人の気持ちに目を向けることが出発点になります。

まずは気持ちを受け止める声かけを

「帰りたい」と言われたときは、説得よりも先に、その思いを受け止めることを意識してみましょう。たとえば、次のような言葉が考えられます。

  • 「おうちのことが気になっているんですね」
  • 「何か心配なことがあるのかな」
  • 「ご飯の支度が気になるのね。どんな料理を作るつもりだったの?」
  • 「お茶を一杯飲んでから、どうするか一緒に考えましょうか」

理由をたずねても話したがらないときは、無理に質問を重ねる必要はありません。温かい飲み物を用意する、好きな音楽をかける、ちょっとした手伝いをお願いするなど、気持ちが自然に別のことへ向くような関わり方も試してみてください。

つい口にしがちな、避けたい言葉

同じ訴えが一日に何度も続くと、介護する側も疲れて、きつい言い方になってしまうことがあります。けれども、頭ごなしの否定や叱る言葉は、本人の不安や混乱をかえって大きくしてしまうおそれがあります。

  • 「ここがあなたの家じゃないの」
  • 「帰るところなんてないでしょう」
  • 「さっきも同じことを言ったよ」
  • 「また始まった」

本人の思い違いを正そうとするより、まずは不安な気持ちに寄り添うことを優先しましょう。ただし、共感するといっても、本人の言うことをすべて事実として受け入れるという意味ではありません。危険がありそうな場面や暮らしに支障が出ている場面では、まず冷静に何が起きているのかを確かめましょう。

「帰りたい」が出にくくなる暮らしの工夫

帰宅願望を完全になくすことは難しくても、日々の過ごし方を工夫することで、本人が落ち着いて過ごせる時間を増やせる場合があります。

一日のリズムを整える

起きる時間、食事、寝る時間をできるだけそろえ、日中には無理のない範囲で体や頭を使う時間を持つようにしましょう。生活の流れが安定すると、本人も先の見通しを持ちやすくなります。

得意なことや役割を生かす

洗濯物をたたむ、植木に水をやる、好きな歌を口ずさむなど、本人が負担なく楽しめることを日課に取り入れてみましょう。「ありがとう、助かったよ」と伝えられる場面があると、その場所が自分の居場所だと感じやすくなるかもしれません。

夕方の過ごし方を見直す

夕方になると落ち着かなくなる様子は「夕暮れ症候群」と呼ばれることもあります。この時間帯に帰宅願望が強まるようなら、部屋の明かりを早めにつける、そわそわし始める前に声をかける、疲れがたまっていないか気を配るといった工夫を試してみてください。

ここで紹介した方法が、すべての人に合うとは限りません。本人がどんな人生を送ってきたのか、その日の体調や好きなことなどをふまえて、合うやり方を探していくことが大切です。

外へ出ようとするときは安全を第一に

「帰りたい」という気持ちが強くなると、実際に玄関から出ていこうとすることもあります。外出中の転倒や、道に迷って帰れなくなることが心配な場合は、本人の安全を守ることを第一に考えましょう。

  • 外へ出ようとするのは何時ごろか、どんなことがきっかけかを記録しておく
  • 家族や介護スタッフの間で、気づいたことを共有する
  • 状況に応じて、かかりつけ医やケアマネジャーに相談する

力ずくで引き止めたり、一人で対応しようとしたりせず、周りの人の手を借りながら向き合っていきましょう。

家族だけで抱えきれなくなったら

帰宅願望が繰り返されるうちに、家族だけで支えるのが難しくなってくることもあります。次のような状況が続いているなら、老人ホームなどの施設への住み替えについて相談してみることも選択肢の一つです。

  • 介護する家族の心身の負担が大きくなっている
  • 外へ出ようとすることが増えてきた
  • 夜中にも見守りや対応が必要になっている
  • 本人がより落ち着いて過ごせる環境を探したい

帰宅願望が強いからといって、施設に入れないわけではありません。ただし、認知症に対応しているとうたう施設であっても、どこまでの症状に応じられるか、介護や医療の体制がどうなっているかは施設ごとに違います。見学や相談の際には、本人の様子を具体的に伝えたうえで、認知症ケアの考え方、夜間の見守り体制、外出しようとしたときの安全対策などを確認しておくと安心です。

まとめ:言葉の奥にある気持ちに寄り添って

認知症の人が「帰りたい」と言うとき、その背景には、場所や時間のわかりにくさ、かつての役割への思い、心細さなどがあると考えられます。言葉そのものを否定するのではなく、まずは気持ちを受け止め、安心して過ごせる環境を整えることを意識してみてください。

対応に疲れを感じたら、それは家族が頑張ってきた証でもあります。かかりつけ医やケアマネジャー、地域包括支援センターなど、介護や医療の専門職に早めに相談し、一人で抱え込まないようにしましょう。